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「引用」 と 「想像力」 [現代思想]


引用の想像力

引用の想像力

  • 作者: 宇波 彰
  • 出版社/メーカー: 冬樹社
  • 発売日: 1991/05
  • メディア: 単行本



今回は宇波彰『引用の想像力』(冬樹社、1991年5月)を取り上げる(なにか書評をするブログのようになっているがそのつもりはない。「つもり」はなくてもなってしまうこともあるのである)。
宇波彰は現代思想のフィールドで長年弁舌をふるってこられた重鎮であるが、『引用の想像力』は宇波氏の初期の論文集であり書名の通り「引用」を扱った論考で占められている。「引用」という語句自体にはネガティブなイメージが現在でもつきまとっているが、それは一次的生産物に対する二次的生産物という二次性・派生性・偽物感によるのではないかと思われる。しかしながらベンヤミンが指摘しているように現代という時代はあらゆる物・モノのコピーから成り立っているのであり、コピーと引用の相同性を鑑みればそれをネガティブなイメージでばかり捉えるのは現代を生きる自分自身を自分自身が見えていない状態なのだと言える。あるいはそれほどまでに「引用」「コピー」はイデオロギー化(つまり内面における神話化)していると言えようか…。

宇波氏の考えの枢要な論点は「引用」を一種の「生産」と見ることにある。「引用はかならずもとのテクスト(引用の理論ではこれをプレテクストと呼ぶ)に対する除去・付加・歪曲・誇張などの操作をともなってなされる」(旧版P40)とあるように「あるテクストを別のテクストの一部とすること、そしてそのために元のテクストの変形を被ること」が「引用」という現象である。この場合「変形」とは文章や語句の形態的な変形のみならず、取り込んだ側のテクストの意味の変形をも不可避に被ることに注意しなければならない。つまり「元のテクスト」が「引用した側のテクスト」の「コンテクスト」(テクストの意味を読み取る際に算用される前提や背景)となり、その分の情報量が増えたテクストは解読行為という生産行為において「引用が意識されない場合のテクスト」に比べ意味の変形を被るというわけである。
宇波氏はこうした「引用という生産」の考えを「主体としての私」へと敷衍して論を進めている。つまり「主体としての私」とは常に既に変形・変化していくものであって、デカルト的なコギトやバンヴェニストのいう「主体」概念を否定するJ・クリステヴァの考えに依拠し、「拡散・分散する主体」だからこそ可能になる「生産」へと目を向けるのである。ここで「拡散・分散」という語句にあまり過敏にならないほうがいい。それは決して「主体」自体を否定するものではないからだ。クリステヴァや宇波(あるいはデリダやドゥルーズらポスト構造主義の論客ら)は「全一的に統合された」「完全無欠の」「単一な私」からなる「主体」を否定しているのであって、「主体自体」の否定を説くわけではないからだ。自我が無意識という「他者のディスクール」(ラカン)との相互作用によって成立しているように、「私」も「他者」あるいは「社会」などとの相互作用によって成立(あるいは実存)しているのである。
「引用」がポスト構造主義において中心的な問題となったのは、それが「主体」という西欧中心主義の根本原理に対する最大の批判となるからであった。「主体」というガチガチに錆び付いた機械をもう一度動かすための「生命」として「引用」(も含めた複数的な主体概念)が用いられたのである。

前回、前々回と〈いい子〉をめぐる言説を生産してきたわけだが、それと関連づければ「引用」できない人、または「引用」が身の回りを取り囲んでいると気づかない人が〈いい子〉を作りだすのだと言えようか。それは換言すれば「私」という絶対者を疑わず「他者」を顧みないということである。「あなたのためよ」という言葉がいかに自己欺瞞であるかに気づかない無神経さが元凶である。「あなたのためよ」という言葉自体に問題はない。それが自己欺瞞ではないだろうか、と自己に問うことをしない無神経さが問題なのだ。

追記
ここが一番重要なところ。
宇波彰『引用の想像力』は旧版と新装版があり旧版の方が圧倒的に良い。それは実際に現物を見てもらうのが一番なのだが少々説明しておくと、旧版は「書物は「引用」によって形作られている」という思想が段組や挿絵などの工夫により具現化されているのである(挿絵は新装版にもついているがこれが面白い。絵画における「引用」の例を紹介してくれているのだが、笑える)。新装版ではそういった工夫は取り除かれ平板化した味気ないものになってしまった。なぜそのように変更してしまったのか装丁者あるいは出版社の気が知れない。とにかく是非旧版を手に取られることを勧める(これは買うことを勧めているのではない。なぜなら旧版は高値がついているから。図書館等で見てみては?)。
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